近年韓国ドラマで少しづつ名前が記憶されるようになった隣国朝鮮の暴君で第10代国王燕山君(王位期間は1494~ 1506の12年)。彼は王様時代たぐいまれな悪行を繰り返しました。ただ誤解されやすいのですが彼が悪魔になったのは王様任期最後の2年。最初の10年は普通の王様でした。彼の在位期間12年すべてが悪魔だったわけではありません。燕山君の世子時代、暴走前の王様期間10年、悪魔となった最後の2年に区分けして彼の軌跡を追います。
目次
燕山君の世子時代
毒を賜った母廃妃尹氏代
燕山君の母親は廃妃尹氏(斉献王后)。彼女は燕山君の父成宗の2番目の后。そして成宗の嫡男燕山君を生みます。ただ尹氏は王様の独占欲が強く、嫉妬心が強く、癇癪持ちで、人を人とも思わない無礼な人。挙句の果てに成宗の顔をひっかきケガを負わしてしまう。
当時の絶対権力者であった仁粋大妃(成宗の生母)や他の妃たちの訴えで廃位とされ結局毒を賜り死亡します(1482年)。燕山君は当時6歳。
廃妃尹氏の毒死は燕山君を語るうえで絶対はずせない事件です。
したたかに生き残った世子時代
官僚たちは廃妃尹氏に毒を賜る事を反対します。燕山君が王様になって復讐に出たら困るからです。ですが成宗と仁粋大妃に押し切られます。
ポイントは廃妃尹氏に毒を飲ませる3年前に彼女はすでに廃位になり宮を追い出されて実家に送られていたにも関わらず、燕山君は世子として生き残った事。その間に成宗はチョンヒョン王后を迎えチンソン大君という子供を設けていた(チョンヒョン王后は「チャングムの誓い」のおばあさま大妃でチンソン大君はチャングムに恋した中宗王。)
廃妃尹氏は罪人でチョンヒョン王后は正妻ですので燕山君に代わりチンソン大君が世子の座に座るのは自然の成り行きでした。官僚たちも当然燕山君の王即位を恐れていたはずです。ですが成宗も仁粋大妃も一度もそんな話をしませんでした。
後の悪行を考えると燕山君がいかに猫をかぶり、したたかに生きていたのかがよくわかります。記録によれば世子時代の燕山君は目立つ部分もない普通の子供で。鹿や猿が好きで鷹も飼っていた少年だったそうです。
普通の王だった最初の10年
我慢の4年
成宗は38歳で死去。世子の燕山君は18歳で王になります。燕山君が成宗に不満だったのは臣下たちにあまりにも気を使っていた事。「王様のくせに家臣のご機嫌取りするなんて情けない」というのが燕山君の本心。
当時は旧勲派と士林派という二つの政治勢力があり、旧勲派の力が強かった時代。成宗は巻き返そうと士林派を多数登用。そうこうしているうちに士林派が王権をも脅かす存在に育っていきます。
燕山君は逆に旧勲派を多く引き入れ王権を強化していきます。旧勲派には廃妃尹氏に毒を飲ませる事を強く訴えた官僚が多かったですがそれを知りながらもあえて手を結びます。
戊午士禍
おとなしくしていた燕山君は即位から4年後に初めて牙をむきます。士林派をどんどん殺していき、強い王様の地位を確立します。
きっかけは李氏朝鮮実録で士林派執筆者が燕山君曾祖父である世祖を批判する文章を書いた事。
李氏朝鮮実録は後世に残す歴代王朝の記録作業。各時代のトップ学者たち担当しますが王の批判も含め何を書いても許される聖域の書物でした。それはこの事業をスタートさせた世宗大王が自分も学者なので公平な編集作業に加えてくれと学者たちに頼んだところ、「我々は世宗大王は信じますがその後の王様たちは信用できません」と締めだして、王様ですら踏み入れる事ができない聖域を作ったからです。
しかし燕山君は「自分の曾祖父にあたる世祖を悪者にして王位の正当性に疑問をいだくとはなにごとか!」という理屈をこねて執筆者とその周辺の相当数の士林派を殺します。
この事件は戊午士禍と呼ばれています。
第7代王様世祖は甥っ子である第6代国王文宗を殺して王位を簒奪した人間。
普通の6年
戊午士禍の弾圧で権力者になった燕山君ですがそれから6年間は普通の王様を務めます。民国との国境を侵す女人族(のちの清国を建立した勢力)の侵犯をけちらしたり、近海に出没する日本の海賊たちを征伐したり、義賊の親玉でドラマのヒーローにもなったホンギルドンを捕まえたりしています。凶年には百姓に減税をしてあげたり、お米を貸してあげたり、老人たちを宮に招待して慰労会を開きました。明国からの干渉もなるべき避けるよう努力もしましたし、明国に使節団を送る際にはシルクの技術を盗んでこいと密命を与えた事もあります。
ですので燕山君の最初の10年を見ると彼を暴君と規定できません。戊午士禍で50名くらいの官僚が殺されたと言われていますが他の王様に比べ極めて悪質と言えるほどの物でもありません。
悪魔が乗り移った燕山君のラスト2年
狂ったきっかけ
時は1504年。最初に燕山君の奇行が現れたのは28歳の時。高級官僚ホングィダルという人間の孫娘が相当の器量の持ち主だと聞き側室として宮に呼ぼうとすると孫娘は体が弱かったので呼び出しを辞退。すると燕山君はホングィダル一族を皆殺しにしてしまいます。
この頃燕山君に接近したのがイムサホンという悪い官僚。彼は燕山君に母方の祖母である廃妃尹氏の母親がまだ生きているという事を知らせ、二人を引き合わせます。燕山君の祖母は燕山君に廃妃尹氏が毒を飲んだ時の血だらけの服を見せます。
ここで燕山君の心の中で何かがはじけ、悪魔と化します。手始めに廃妃尹氏の死を訴えた官僚たちを根こそぎ虐殺して行きます。すでに死んでいる関係者たちは墓が暴かれ骨が粉々にされます。
むごい殺し方を楽しむ男
狂ってからの燕山君は残虐な殺し方を楽しむような人間になりました。
よく韓ドラ時代劇ですり鉢で足をひねるような拷問がありますが、あんな手ぬるいものではありません。あばら骨が砕けて内臓に刺さるまで胸を殴りつける。手に穴を釘か何かであけてそこに紐を通して人を連行するなど。先王3代に仕えている名物内官キムチョソンは見かねて苦言を呈したところ燕山君は彼の舌を抜き、手足をバラバラに切断して殺してしまいます。
燕山君は廃妃尹氏の死罪を訴えた成宗の側室二人を呼び、袋に詰めます。そしてその息子たちを呼び、こん棒を持たせ、自分の目の前で袋を殴り続けさせます。後に自分たちの母親を殺し事で悲嘆にくれる従弟たちに毒薬を与え殺します。
狩りのため京畿道が半分になる
燕山君は最初は母親の死に対する復讐で暴走し始めたものの、次第に朝鮮全土は草の木一本まですべて自分のものと考える独裁者になります。
現在仁川国際空港が属する京畿道は他の道に比べて総面積が極端に小さいです。これは狩り好きの燕山君が狩りに邪魔だと住民を道外に追い出したため。彼の狩場エリアがそっくりそのまま今の京畿道に縮小されたのです。追い出された住民は隣の忠清北道に逃れ、のちに忠清北道が燕山君が狩りをしない京畿道半分を併合。
燕山君の愚行に抗議して農民たちがたくさん投書を宮に送りつけました。農民たちは難しい漢字は使えず世宗大王が作ったやさしいハングルで文字をしたためましたが、それをうっとしく思った燕山君はハングル禁止令を出します。
好色にかけては世界の暴君に並ぶ
燕山君は虐殺した人数や残忍性は中国やローマ帝国の暴君たちに比べるとかなりダウンサイズされますが好色という面では肩を並べるかもしれません。
燕山君は特注のジャイアント駕籠を作らせ、道行く人の中で器量よしを見つけると駕籠の中に連行して手籠めにします。一国の王様が白昼堂々公共の道の上でレイプを繰り返しました。
燕山君は各地方にその地域の器量よしを見つけ出して燕山君に差し出す部署を設立します。スカウトに目を付けられると子供であろうが、妻であろうが、子持ちであろうが手あたり次第強制的に宮に送還されました。お気に入りの女性を送ったスカウトの権威は地方長官を凌ぐとまで言われました。(チャングムの誓いに出るチャンドクの母親がスカウトの被害者です。)
儒教が強い朝鮮王朝では近親相姦は絶対悪とされておりますが(今もその風潮はすごく強い)燕山君はその禁も破り自分の叔母を犯し続けます。身ごもった事を知った叔母は自害します。
儒教思想の総本山と言われる成均館の学生たちや寺の僧たちが抗議の投書をしますが、燕山君は彼らをキャンパスや寺から追い出してそこで酒池肉林の宴会を開きます。
家臣たちの妻にまで手を付けたのは言うまでもありません。
燕山君の最後
立ち上がった家臣たち
燕山君の狂乱から2年。ついに官僚たちが立ち上がりました。
いろいろ理由があります。燕山君は贅沢で豪遊していてお金が続かないので貴族たちが持っている土地を没収し始めた事、貴族たちの妻にも手を出した事など。ただ決定的な理由は燕山君の暴政は長く続くはずがなく、もし地方勢力が立ち上がり燕山君を倒せば自分たちも同罪で処刑されるという恐怖。パクウォンジョン、ソンフィアムなどの高級官僚が企てたクーデターが成功。1506年の事。燕山君31歳。
燕山君その後
失脚した燕山君は江華島に配流、王位を剥奪されて燕山君に封じられた。この時燕山君の腹心たちも反乱勢力の手によりそれぞれ斬首刑となっています。また残された王子たちは全て処刑され、更に残された王女たちは全て奴婢にされました。正妃慎氏(正妻)も同時に廃位されますが、罪がほとんどないと判断され処刑はされません。
新王にはチンソン大君(のちの中宗)がなります。
江華島に連れていかれた燕山君は隔離されたエリアで食べ物だけをもらう生活に入ります。「それでもかつては王様だったからむやみには殺さないんだ」と発言したとされています。しかし江華島に移動させられて2か月で死亡。毒殺説が強いです。
彼の王様任期は日野富子の姪を妻に持つ室町時代第11代将軍足利義澄の将軍任期と大枠で重なります。ヨーロッパではオスマントルコがローマ帝国を滅ぼしました。
燕山君関連ドラマと映画
「背徳の王宮」は燕山君(キム・ガンウ)が国内にいる美しい女性たちを王宮に呼び寄せるよう指示し、王に取り入って実権を得ようと考える野心家の家臣イムスンジェ(チュ・ジフン)が1万人もの容姿端麗な女性たちを強制的に集める姿を描く2016年の映画。
「王の男」は燕山君と女形旅芸人の同性愛の衝撃作品。2006年の映画。女形を演じたイジュンギはこの作品で一気にスターにのし上がります。
「七日の王妃」は燕山君とチンソン大君の愛の狭間で揺れる王后の姿を描く2017年のドラマ。主役の王后には「キム秘書はいったい何故?」のパクミニョン。U-Next独占配信中です。
「チャングムの誓い」は日本で第二次韓ドラブームを巻き起こした作品。NHKやTBSでも地上波放送されました。この作品では燕山君クーデター部分が描かれます。名作中の名作。2004年作品。
「逆賊ー民の英雄ホンギルドン」は強きをくじき弱気を助ける義賊の頭領ホンギルドンの燕山君との対決を描きます。燕山君の側室で朝鮮三大悪女の一人チャンノッスをワンザウーマンで大ブレイクしたイハニが演じているのも見もの。U-Next独占配信中です。
上記5作品は3月15日現在U-Nextで配信されている事を確認いたしました。
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